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正に温故知新

龍睡丸漂流記を拝読し、古めかしい文に触れて感づくもの、それにより思い至ることがあった。
文語が読めず、また書き下せない。

古典における古語は今では意味が転じており、古語に関する知識が無ければ読めないものが当然数多くあるのはもはや致し方なきことと納得する。
しかし近代であって、意味が転じておらずとも文語となると口語のように読めないのであった。
戦後教育のたまものであると同時に弊害でもあろうとは思うのだが、文語(たとえ若干の似非文語であろうとも)が読み、また書き下せることによって利益はあれど、不利益はなかろうと思う。

当時、あるいは江戸期等の筆字の読めないことにもまた愕然とする。楷書で書かれたものについてはかなり読むことができるものもあったように記憶しているので、これは慣れもあることだろう。読み方のコツがまったくわからないのと思える。
こちらの得はいかほどかはわからない。不利益はなかろうが。


と、なんでまたこんなことを書いたかというと一番上のとおりなのだが、
世の中では艦これなるものが流行り(城これも出た)、どうもそっち系の情報が結構出回っていることも一つきっかけかも知れぬ。現代日本で軍隊が出現するものというと、どうしても大戦中かそれ以前となるわけで、重いテーマとなりがちであるところ、艦これだのアルペジオだのストパンだのガルパンだの謎多きものが突如多数現れており注目度があがったように感じる。
なんでそれ? というところだが、稀に描写にこだわる人がいて、あの敬礼の描写は変であるとか言われるようなのだ。描写にこだわるのはマニアもさることながら、現在でもみっちりと仕込まれている隊の方々であろう。陸上自衛官の方の声が多いように感じるがこれは当方の注目点がたまたまそうなのであろう。もちろん、自衛官以外に海上保安官も当然だし、警察や消防もそうであろう。

確かに敬礼のことはほぼあずかり知らぬことであった。

挙手注目の敬礼というやつばかり注目される中、実はあれは敬礼のごく一部であることを知ると、日本における敬礼というのはやっぱりお辞儀なのだと得心したところである。

という状態でこれを書いてる。うん。


たまたま「徴兵制がなくなり、敬礼について知るものが減少」ということを書いてあるところにたどり着いたわけだが、「その理屈でいいの?」とも思ったが「一理はある」とも思ったからだ。

敬礼についての規定を読むと、上官、目上の方に対する敬意を表すものであると同時に(こっちは身分が厳格な部隊であるからこそ)、同じ身分の者は互いに敬意を表すということと読める。目上の者も返礼することになっていて、これはやはり、集団行動をする上での重要な事項であろうと思うのだった。

今でも幼稚園でも小学校でも挨拶を熱心に教えるところがあるわけだが、それのうちなんだと。
それを規則としてしっかり形式を決めてやっているんだなと。
軍式ばかりが敬礼ではないわけで、というか敬礼ってお辞儀なわけだから、挨拶の延長のお辞儀について、どっかの一こまでちょろっと伝えるという程度でなく、もっとしっかりと教えていっていいんじゃないかと思った。

知識として教えられたことはあったけれども、日常でそれを叩き込まれたことは義務教育中なかったと思ったので、これこういうエントリーとなった次第。
軍式敬礼を知らんのが嘆かわしいってこっちゃなくて、挨拶をしっかりできるようになりましょうということですな。

正月にでも出かけようって時に、親に対して親戚でも尋ねてきていて、その後ろを通り過ぎる際にでもしっかり挨拶できたらお互いにこんな気持ち良いことはなかろうと思います故。
自分も練習しなきゃあ。

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2014/12/18 Note Comment(0)

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