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無人島に生きる十六人を読みました。

『無人島に生きる十六人』 須川邦彦:新潮文庫を読みました。
Amazonをはいかいしていたらたまたま見つけて、よくわからないまま購入し読了です。
青空文庫にもありますし、Kindleでも青空文庫版で無料ですが新潮社の文庫を購入。
あとから色々みたら椎名誠さんご推薦で新潮社で復活ということだったようで。戦前、戦後あたりに講談社から出たものがもとらしい。

元をたどれば、これが明治の頃の実話ということでそれがむしろ驚きであるのです。
どこかのレビューで『ナショナリズムが満載なのが少々鼻に付』くとの記載がありましたし、読んでいるとどうにも良いことばっかり書いているのがそれはそれで作り話なんじゃねーのか? とも思わせるようですが事実らしいということ。
しかし、ちっせぇ島ともいえないようなところでよく過ごせたと思うほか無い。

と、ここまでは方々で言われているので良かろうと思う。
ところが、この実話にはもっと古い書籍で語られているものがあるのを知った。
それが竜睡丸漂流記である。こいつは現在は書籍で手に入らないだろう……と思っていたら、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーにあった。いい仕事をするものである。
こいつが明治36年発行なもので、同じ龍睡丸の話を書いている。
ところが、時代が時代なもんで、序文というか先頭の見開きのコメントなどは毛筆でかつ達筆かつ戦後教育しか受けていないヤワな私には読めない。
ま、活字は読めるわけでそれでいいわと思ったら、それはもちろん文語体であるし、旧字体な漢字もある。ついでに変体仮名もあるときた(し、の、ネなどは変体仮名のようです)。
またまた、地名やなにかも若干違う記述ですが(オコツク海等)それはまあさほどの問題にはなりませぬ。若干字がつぶれて読めない部分もあろうとも大勢には影響なく。
つまり、頭をひねりながらも活字はなんとか読めるってことです。平安の頃の文体よりはずーっと現代に近いでしょうから問題になるような差は少ないですしな。

んで、読むとやっぱりほとんど同じことが書かれている。
しかしこっちのほうがより実質っぽいというか実際っぽいというか事実っぽい。誇張が少ないからなのかもしれない。記述している人の立場が違うからかもしれない。
時系列の描写がずいぶん違うのでそれはどっちが真実に近いかはわかりません。
たとえば島ぶどうのくだりや井戸のくだり、土を盛るまでなどはどういう時系列なのかは全くの不明なのです。
一番の違いは人数ですな。龍睡丸漂流記は17人ということになっていて、全員の名前が冒頭にでてきます。
名前が違うってのは色々と配慮、あるいは口伝でごにょりされたんだと思うのでそれはまあいいんだけど、人数が違うってのはちょっと不思議ですな。どういう配慮なんだろうか。
※どうも小笠原の帰化人の方が一人食い違っているかもしれない。よくわからん。
ちなみに、漂流記では帰化人は英語名です。ウィリアムが小笠原老人というのは16人側で対応づくかなあ。たぶん。

描写の違いはずいぶんある。
十六人は個々の会話がかなり重視されているといえようか。
塩を作るくだりでも会話の後で実行
漂流記では淡々と記載するのみである。

しかし、どっちにしろ(脚色などがどうなっていようが)同じことを言っているので補間しあって読むといっそうよかろうと思いました。

龍睡丸漂流記がせめて現代仮名漢字になってくれればずっと読みやすいと思うのですが。
でないよなあ。これは。

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2014/12/13 Note Comment(0)

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