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ホリカフーズ レスキューフーズ シチュー&ライス

ホリカフーズのレスキューフーズ シチュー&ライスを食べてみたのでメモ。
(メーカー本体へのリンクだとみそ汁付きしかないので楽天)


購入は3年弱前。一食パック5種セットを購入したのだが、現行の【カレーライス】【シチュー&ライス】【中華丼】【牛丼】【和風ハンバーグライス】とはラインナップが一つ違っていて、【和風ハンバーグライス】ではなく【麻婆丼】となっている。
一食ボックスとの違いは箱か袋かだと思うが、発熱材を利用した加熱という点からするとボックスのほうが断熱できて有利だとは思う。アルミのテーブルの上にパックを直に乗せて加熱したのだが、テーブルに熱が伝導しているのは確認できた。
そのうちボックスタイプを入手したらそちらも試してみることにする。


白いごはん=200g×1
ビーフシチュー=180g×1
発熱剤・発熱溶液・れんげ・紙ナプキン×1



発熱剤と発熱溶液がきちんと用意してあるのは丁寧だと思った。袋も丈夫。
紙ナプキンもレンゲもあるのは几帳面と感じた。

白いごはん
 pH調整剤が入っている割には酸味があるのでもなく、可もなく不可もなくという感じの味。
 そのままでも食べられるぐらいの味。
 トレイがアルミというのは温めにも効果的だろうなあ。処分はちと面倒くさいとは思うが。

ビーフシチュー
 赤ワインの味と風味が効いているのかな? ジャガイモとにんじんと肉がごろりとして食べ応えがある。うまい。
 賞味期限が短くてもいいからもう少し安くなってもらうと常食したいぐらいだが。



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2015/03/14 Note Comment(0)

備えましょう災害へ

2011年の震災以後と思うのですが、備えの見直しが進み、より実践的になっていると感じます。
非常持ち出し袋中心とも言うような備えは役に立たない場合がある、あるいは多いという認識が広まったということでしょう。

0次の備え、1次の備え、2次の備えの3つの備えという考え方が普及してきたようです。言葉としてはいつぐらいにできたものなのでしょう? 2012年にはあったことは間違いないようです。

以下の内容は「防災の日 2012が近づいているわけだが」の焼き直しになってしまうのですが、今改めて自分のためにまとめておきます。

0次については常時携行品とするものを少しだけ充実させようってことのようです。
防災の日 2012が近づいているわけだが」を書いたときには0次という言葉はまだ知らなかったのですが常時携行については言われていてよく知っていたようです。

常時携行品は完全に個人装備のため、自分で持ち歩くしかありません。家族の有無にかかわらず、生活環境にかかわらず持ち歩きたいものです。
鞄を持ち歩くなら鞄に入るもの。持ち歩かないならポケットに入るもので厳選するしかありません。
車があるなら車に突っ込んでおくのもいいと思います。

本当に一刻を争う際には鞄を持ち出すことすらかないませんので割り切りは必要。


1次がいわゆる持ち出し袋の話です。これが実は1次というひとくくりにするのは非常に難しいと思うのです。

緊急脱出であれば、津波や洪水、火山の噴火などがありましょうか。
大雨の避難勧告・命令のときに持ち出す場合には自力で移動し、若干の余裕があれば多めに持ち運ぶこともできるかもしれません。
津波が来てしまったなどで、救助対象状態の場合には大荷物を運んでいる場合ではないかもしれません。
既に自宅が倒壊してしまった等の場合で、掘り起こせたという場合もありますでしょう。
一方、避難所への移動ではなく地域脱出もこのカテゴリ。
なにしろ扱いは難しいところです。

持ち出せる時にはいつでも持ち出すものだけに厳選したもの、多めに一発持ち出しするものを用意しておき、一度落ち着き往復できるほどの余力がある場合はその時に考えるぐらいでしょうか。

先の震災の際にはリュックではなくキャリーケースを避難所に持ち込んでいる様子が結構みられました。うまく活用したいところです。

避難所の場合、広げるのは供出してもかまわないもの、人が魅力を感じないものにしたいものです(不和を招くことはできる限りさけたい)。加えて危ないものも避けましょう(ナイフなんかはむやみに出さない)。

寝袋・テント(体育館のようなだだっぴろい屋内でも使えるような自立するやつで小さいやつ)も余力があれば持ち込めるとよさそうに思えますがうまく使えるかは時と場合によると思います。
ただ、低体温には注意。避難所にはせいぜい毛布があるかないか程度と考えたいところです。

余裕があったら臭くならない下着ぐらいはあるとはかどるかもしれません。

あとは適宜ですが、いずれにせよ家族構成等によって大きくかわりますでしょう。
車があるなら車に何か積んでおくというのもなにかの役に立つかもしれません。邪魔にならない程度に。


2次というが、ライフライン、流通途絶時の備えでしょう。
個人の見解では流通なんかは2週間程度でそれなり水準にわりと回復するかもしれないとは思うのですが、ライフラインは場合によっては復旧に無茶苦茶時間がかかる印象を持っています。
電気は電池の流通でそれなりにカバーできる、水も配給された、食糧も手に入る。そんな状況でも下水を流せないとかいう状況は結構ありそうです(地面をほらなきゃならず、しかも一箇所だけ復旧とはなかなかいかず時間がかかる)。かなり注意が必要と勝手に思っています。

こいつの注意が火器。
カセットコンロぐらいは短時間だし仕方なかろうなのですがロウソクとか灯油ランプとかは結構要注意。長く時間を使うので、油断した隙に倒れたなどが恐ろしいところ。電池式ランタンがいいのがでてるので検討。どうしてもというときに絞って使うとか。
暖房がないと耐えられないところ、生活スタイルにしたがって備えるべし(石油ストーブやらガスストーブやら火を使う暖房NGの集合住宅は寒冷地は別として結構多い)。
大都市圏で外で焚き火はどうなっても難しい(江戸の大火になる可能性極大)。


1次とか2次とかのくくりとはちと微妙に違うのですが3日耐えれば支援が届くというのは平均よりやや早いぐらいなのではないかと広範囲にわたった東日本題震災では思い知らされたのではないかとも思えます。
大雪等での孤立解消も3日前後かかることもしばしば。1週間自立できて安心できるか否かぐらいでしょう。余力があれば多め多めにおいておく。そのぐらいではないでしょうか。


と、いうようなことを(あんまり常時考えていると大変ですが)、定期的に意識していくこと、できることを実行することが一番の対策なのではないでしょうか。
大変だけど年4回見直しできたら金賞でしょう。

3/21
4回はやりすぎかな。2回で金賞でいいかな。1回でもできたら一般には十分でしょう。

2015/01/03 Note Comment(0)

震災および非常時の記事まとめ

簡単にまとめておきたい気持ちなのでまとめておきます。
社会的インフラに関する要望的な気持ちを書いた記事もありますがそっちは省き、個人ができる対策を記載したものをまとめます。

東北関東大震災をうけて(名称ゆれがあった当時のままの記載のためこの名称となっています。平成23年(西暦2011)年3月11日発生の東日本大震災のことです。)
 主に発生に際しての気持ちと南関東での発生当時~1週間ほどの混乱振りを書いています。

非常時の電話としてのSkype
 震災当事メールをはじめ、Skypeやtwitterは使えたという話がありました。インターネットとパケット通信の強みが発揮された出来事でもあるといえるでしょうか。
 (WILLCOM同士は電話も余裕だったらしいですが)
 今だと他の手段(言ってしまえばLINEとか)もありますね。
 キャリア側のサービスよりこういうものの方が使われていると思いますが、携帯のメール、インターネットのEメールもパケット通信ですので有効。使いわけというより、複数経路をここでも用意しましょう。
 もちろん、サービス提供側の
  災害用伝言ダイヤル
  災害用伝言板
  災害用音声お届けサービス
 等も存分に活用したいところです。周囲への周知が必要。

非常用に灯りを
 懐中電灯だけでなく、LEDランタンがあるといいなという話。
 時と場合によりますので各々が思う適切なラインナップで準備すべきかと。
 人数分用意するとか、広間用は明るいものにするとか(電池が必要ですが)。

防災の日 2012が近づいているわけだが
 備えのまとめを自分なりに書いてます。
 場合わけが重要。

首都直下型地震で989万人が帰宅困難になる云々
 帰宅困難だけでこういう話になっていたのですが、物資補給路はどうなるんでしょう?
 補給路が断たれたら3日のしのぎではどうにもならないのでは?
 (東日本大震災当事、ライフラインの完全復旧まで箇月単位かかったところもあります。都市ガスはかなり遅かった様子。復旧は電気、水道、都市ガスの順がおおいのではないかしら? プロパンは独立してるので流通さえすればというところです。)

災害時(長期停電対策)のための乾電池ストックについて考えてみる。
 「非常用に灯りを」に関連して停電対策です。
 自分ひとりのときの電池ストックについて考える記事です。

平成25年(西暦2013年) 防災の日
 備えそのものは2012年に書いているので、心構えだけ記載しています。

年初から考えておく非常時の備え
 新年から気持ちだけ書いておきました。

備えましょう災害へ
 「防災の日 2012が近づいているわけだが」、「非常用に灯りを」、「災害時(長期停電対策)のための乾電池ストックについて考えてみる。」というのが既にあるのですが書きました。「年初から考えておく非常時の備え」と似た内容かも。突っ込んだ内容ではありません。
 0次の備えとか言う言葉は2012年ぐらいには言われていたようです。防災は無理だから減災でいこうという謎の言葉遊びができたのも同じぐらいでしょうか?
 宮城県沖地震(2003)、宮城県北部地震(2003)、新潟県中越地震(2004)の頃(だろうか? 年齢からすると若干前かもしれない)には既に『持ち出せない持ち出し袋は役に立たない』と言われていた記憶があります。『枕元に「帽子(or ヘルメット)」「スリッパ」「タオル」を置いて寝ろ』と言われたのを覚えております。

メモ:旅行する人、出張多き人、帰省する人などは特に疎開的な避難をするときには参考になる。

2015/01/02 Note Comment(0)

年初から考えておく非常時の備え

2011年3月以降、ちょろちょろと書いているところですが、備えておく気持ちをまたしても年初から書いておきます。

■過去を鑑みての所感
見返してみるとそれ以前は防災関係についてはほぼ記事にしていなかったようです(若干乾物とか缶詰とかの記載がある程度)。
そもそも技術的な、できればプログラム関連について書こうと思っていたからということ、加えて自宅が地方の畑、井戸ありの三割~半自給生活であったこと、それ以後も七割はその自宅生活であったため備えるよりも身軽な生活に重点をおいていたことによるのですが、やはり一回り意識が強くなったことは否めないところです。

一方、当方、25年ぐらい前の幼少のころより、カンパンや缶詰食品が大好きであり、干物も好きであり、つまりは保存できる食料が好きでありました。
その後も、おでんの缶詰や平たいパンの缶詰(マフィンタイプとかいうやつ)、ボローニャのパンの缶詰(缶が転がっていたのでみてみたら賞味期限が2011年12月でした。さすがに新しい。こいつは賞味期限は製造後2年のようです。)、も結構出始めのころに実家で試しに食しておりました。缶詰乾パンの容器はペン立てにしておりました(その後引退)。ボローニャのパンの缶詰はいまだにペン立てになっております。
非常用トイレ等も100均でみかけては車に入れるなどもする、ラジオもライトもいくつか入手。阪神大震災のこともあったのでしょう。私個人はまだ少々幼さもあり、遠方でのできごとということもあり、東日本大震災ほどの精神面への影響はうけませんでしたが、社会的には保存食の発展や、備蓄への考えなどが進んだように思います。
本の付録に災害への備えのようなハンドブックもありました(備蓄のほか、怪我の応急処置などが載っている)。
私はといえば、ラジオ、懐中電灯、筆記具、ロウソクを入れたバックを小学生・中学生の頃に手元おいていました。これはまあ上記のとおり、影響が薄いため怖れではない感覚ではありましたが。どちらかというとキャンプのような気持ちであったかもしれません。
太陽電池と乾電池の両方がつかえ、さらに手回しでの発電もできるラジオライトなるものが3000円程度だったかと思いますが20年弱ほど前に入手しており、いまだに使用可能であります(充電池はニッカドでそろそろダメだと思いますが)。
ライトやロウソクは地震災害というよりも、当時の自宅ではまだまだ停電が多くあったことへの対応の意味があったように思います。それこそひと夏に10回ぐらいは停電があったのではないでしょうか。夕立の強い雷での停電は長いときもありましたから夕飯時に停電して、ロウソクでの食事も何度もあったのです。

その後、震災と呼べるものも何度かありました。それでも東日本までは阪神のときほど大きく報道はされなかったように思います。

さて、東日本大震災の当時私は関東にいたのですが、「あなた方の被害はどれほどなのでしょうか? 道路は寸断されて孤立しているのでしょうか? 乾電池とラジオと懐中電灯やランタンを買い込んでおられますが家庭に電気は届いておられないのでしょうか? トイレットペーパーやティッシュペーパーをそれほど買い込んでなにをされるのでしょうか? 米を何か月分お買い求めになられているのでしょうか?」という状態、つまりは集団心理なのかパニックというのか、実質被害にあっていない方々が不安に駆られて店頭から品物が姿を消すという現象を起こしました。
本来であれば一刻も早く被災地に送り届けるべき物資、食料や燃料までも大都市東京圏で消費してしまったのではないでしょうか。なにしろ、どこの民放だか記憶は定かではありませんが、在東京のキー局で、専門家だかコメンテーターだかが「1~2週間分急いで物資確保しなさい。したほうがいい。いますぐするべきだ。」とのコメントを出していましたからね。当時北海道にいた知人も「テレビで買い込めって言ってたぞ」との助言をくれたほどです。


電話できるようになった後の自宅の様子や自分周辺の状況の記録を細かくとっておくべきだったといまさら思いますが、地震当日は帰宅できず、出先での一晩を過ごし、携帯は東北の実家には当然つながらず、会社との連絡は西に出張していた方とだけ夜半にようやく取れ、不安ながらも一夜を過ごします(しかしテレビの映像は冗談としか思えなかった)。兄の携帯にメールは送信していたのですが、自動受信がうまく働かずに気づいていなかったようです。こちらもそうとは露知らぬ状態でありました。一緒に泊まった別の会社の人と施設の人はスマホ。microUSBの充電器を施設の人は持っており、別の会社の人は充電していたようです。私は自前で充電器を持ち歩いていましたので家庭用の電気が途絶していないため問題はありませんでした(そもそも当時から外出の前日に満充電にするようにしていたため充電状態は問題なかったのですが、念のため再度満充電にします)。夜ご飯は近くのコンビニへ。ただ、帰宅困難になってしまった周囲の公共施設の人が買い込んでしまったためでしょう。食料はすぐ食べられる弁当類、パン類、おにぎり類などほぼ全滅。カップめんもほぼ壊滅でありました。そこは店舗でご飯を炊くスタイルだったようで、しばらく待てばご飯の追加はあったようです。施設の人は先にカップめんを仕入れてきて食べておられました。私は何を食べたか、既に定かではありません。おそらくカップめんだったと思います。辛ラーメンは確かに残っていたかも。でもうろ覚えです。

翌朝、電車もぼちぼち動き始め帰ることになり、駅の公衆電話で実家との連絡が取れ、何とか倒壊せずに家も持ちこたえ無事であることは確認できました。
その後は一刻も早く帰りたいところでしたが、無事は確認できていることと、交通手段が非常に限られていることが代替人のいない週明けの仕事(もっとも無事でなかったら仕事はすっとばして帰っていたでしょうが)によって、しばらく電話のみのやりとりでした。。。(無事じゃない方がいてその方は帰られました)。高速も電車もダメで、下道をいくしかなく、車やバイクが無いし、レンタカーではどうなるかわからないのでもっぱらバスで行き来していましたが、予約でいっぱい状態でありました。実家側の声もあり、苦渋の気持ちもありましたが、不要不急とはいわないまでも私は急ぐことは無いと自ら言い聞かせ、急を要する人に譲る気持ちで帰らずに過ごしていました。

ともあれ、12日は休みでした。情報収集に努めました。当方、南関東は千葉の東部以北などは被害があるものの西はほぼ被害が無いため、流通にさほど問題なかろうと考えていたのです。工場も破壊されたわけでもないのですから。
ところが、その日のコンビニはまあなぜかしら物資はほとんどありませんでした。支援物資にまわしたものもあろうところですが、どうにも買占めがあったように思えました。
13日には米が切れてしまうので米を入手すべく近場を回りましたがあまりにも無く、一方で今しがた買い込んだであろう米20kgほどを持っている人はいましたね。買いたい人にはかわせておけと思いつつも、こちらは明日の米が無いということで少々困りつつ小麦粉を買っておきました。
水団やお好み焼きで過ごす覚悟であります(といいながらコンビニやパン屋さん、弁当屋さんの情勢を見る限り、混乱はありつつも、問題は無いことは確信していたので金はかかるが最悪は加工済み食品であろうかと考えてはいた)。
その後、ドラッグストアで2kgばかり入手。
一方、街のパン屋さんではパンをたくさん焼いており、たくさん買い込んでもいた。スーパーコンビニしかりなんだが、米はともかくパンはもたないだろう。
その日の記録では
 水、お茶などの飲料も無くなる。
 玉子やらはまだある。野菜も多少減ったが問題なし。乾麺は減った。
とある。

月曜から仕事だが、そのあたりは記録はなく、ただし、おにぎり弁当、パン屋のパンはあいかわらず。弁当屋も問題なく(米は十分ある。混乱するなとの張り紙が弁当屋にあったと思う)。
週末の記録では
 21日ぐらいにはとっくにおにぎりや弁当は戻っていた。
 相変わらず無いのは納豆、牛乳、玉子、もやし。カップめんやらには数量規制がかかる。
 東北は数日前に燃料のお話がでたが、潤沢にはなく、数リットルしか給油できないなど。

3/26までそのような記録があるが、25、26には関東で水買占めについて記載してある。
もう少しあったら面白かったのだろうが、自ら詳細に記録できるところについてはそのぐらいにはなんとなく元通りになりつつあり、またガソリンなどはじっくりガソリンスタンドをみることもなかったこともあり記録がとりにくかったのはある。
25日
 本日入荷分の納豆は売り切れました
 水は売り切れ続出
 そんなものは横目に、ジャガイモやらグレープフルーツやらを買う。
 ここ数日で牛乳は数を増やしている。玉子も増えてる。
 ほうれん草は一瞬消えたけど復活した。売れてないけど。
 牛乳はまだお高いので横目に見ながら豆乳を飲んでる。日持ちがいいけどやっぱ牛乳とは違うな。
※牛乳は宮崎県のものが入荷していたと思う。

26日
 土曜日なもんで出かけたら水を買いまくる人多し。
 もやし発見、納豆発見。
 米も在庫できてるし、カップめんはまだ戻りきらないけどあるっぽい。

一方、22日の記録には実家状況を確認したものが記載してあった。
 10リットル給油できた
 コープマートはぼろぼろで青空でやっていた
 ヨークベニマルは開店前にガラスわれ
 ファンズとクオーレはやっていた
 クオーレ(酒のスーパーとかそんな感じのやつ)は店前に女性店員が立ち「おにくにゅうかしましたー(ニコニコ)」だったらしい。あとはよくわからないウーロン茶とか。電話の感触だから定かではないが黒っぽい肉といっていたのでおそらくは海外からの応援かなにかだろうということ。
 水、食料を入荷し、クオーレは大盛況、飛ぶように売れていたとのこと。
 一方で、加工の肉ハムやベーコンなどはさっぱり無い(関東はあったはず。逆に生肉が姿を消していたかもしれない。)。その他加工品も無いということだったか。玉子や牛乳も無い。玉子は後に直売の自販機で買っていたとのことだったと思う。
 ただ、納豆、豆腐は町で個人で作ってスーパーにおろしているところがあるためあったという。

新幹線が復旧し、週末帰りが現実的になった4月の記録もあった(バスは予約必須であったし、3連休ならともかく、土日の突貫往復はちとつらいので新幹線復旧まで待ったのだった)。4/22に「先週と今週帰った」との記載あり。
そのときの記憶では、「燃料も無く、家にこもっていたが、茶菓子もなにもなく、梅酒の梅をかじっていた」とのこと。3/22の記録でのようにガソリンは緩和されていた模様。
兄上も新鮮な葉物にうえていたらしく、レタス、キュウリを購入して食べていた。なにしろ畑のものを食えない。レタスキュウリは西日本からのものだった。

その後だったか帰ったときにはワラビを食べたが、灰を使いたくないので(色々濃縮されてやばいって話があった)、はるか十年以上経過している奥深くにしまいこんでいた火鉢に蓄えられていた灰であく抜きをした。ただ翌年以降はワラビは摂取自粛品目に指定されっぱなしである。(他にも春の山菜やタケノコ、秋でいえばきのこ類はほぼ全滅。栗なども相変わらずダメのままである。)

下水道なるものが無い集落で、便所も汲み取りであるので、その辺普段と変わりなく、ガスもプロパン集落なのでそちらも変わりなく、水は井戸の調子が悪くなってしまいこちらはややNG。でも上水道はちょいと前に通っていたので事なきを得たというところ(水道は復旧早かったらしい)。

別の人談では水洗トイレが流せなくても小便ならそういうときは余裕とのこと。大は辛いよなあ。下水がNGというのはちょいと盲点になりがちですので注意したいですね。
また、ガスの復旧が猛烈に遅かったらしく、ただし電気の復旧は早かったとのことで、親類のオール電化になっているところでは風呂に入れるようになったとかいう話も。

その年はその後忙しさに忙殺され体調はかなり崩したりしたが日記はほとんど付いていない。
日記ではなく週記か月記でもあればいいのだが半年ぐらいなにもないのである。

一方ブログにはちょこちょこ書いていてまあ、ろくでもないことを書いたりしている。
東北関東大震災をうけてというのはまじめなことを書いているとわれながら(ほかのとエントリーと比べると幾分)感心する。
その後もたまに書いているのだが、落ち着く前の記述であるにもかかわらず結構その後もだいたい一貫しているようだ。

その後色々とエントリーを書いているが、人口密集な東京圏にいて思ったことは、簡単にパニックになってしまって、どうしようもないから自分は自分で備えておく。これである。
地元は幹線に近いためかなり復旧が早かったが、それでも一時のことでかなり混乱した。一方、東京圏においては、途絶が無いにもかかわらず地元より混乱したかもしれない(ただし、当方家族が結構暢気なものだから混乱していないと聞こえただけかもしれない)。
災害時の避難所に集まるような人、つまりは集落の人がほとんど顔見知りな地元のような場所は相互の援助もおきやすいがそれは人口の非密集地だからであって、顔を知らぬ人が大勢あつまるような密集地ではムードがギスギスしやすかろう。
いたしかたなし、できるだけ自分は自分で備えるつもりで参ろう。

いつだったか、震災前だったかそうでもなかったか、備えのために厳冬登山用のシュラフだとかをおすすめであると書いていた人がどこかにいた(もはやどこのだれかわからぬ)。そういうのが役に立つ人もいるだろうけどそうでもない人も大いにいるだろう。
備えについては何度か書いているがまた改めて考えておきたい。

と、年初から駄文であった。


震災関連についてはDDRダイエット改!(直球ストレート(笑))に結構詳細レポートがあって、備えについても共感を大いにする方でもある。
まさしく実体験であるだけに大いに参考にしたい。
(もっとたくさんこういうのあるんだろうけど)

2015/01/02 Note Comment(0)

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


古い記事を見返すと恥ずかしいところ、推敲が足りないところ(いつもしていないという説がある)が多量にありますが、それも記録ということでしょうか。
嗜好の移り変わりなどもあり、趣旨一貫しないさまはまさしく個人の所業でしょう。

思いつきでの更新ですがぼちぼちやっていければいいなと思っております。

2015/01/02 Note Comment(0)

正に温故知新

龍睡丸漂流記を拝読し、古めかしい文に触れて感づくもの、それにより思い至ることがあった。
文語が読めず、また書き下せない。

古典における古語は今では意味が転じており、古語に関する知識が無ければ読めないものが当然数多くあるのはもはや致し方なきことと納得する。
しかし近代であって、意味が転じておらずとも文語となると口語のように読めないのであった。
戦後教育のたまものであると同時に弊害でもあろうとは思うのだが、文語(たとえ若干の似非文語であろうとも)が読み、また書き下せることによって利益はあれど、不利益はなかろうと思う。

当時、あるいは江戸期等の筆字の読めないことにもまた愕然とする。楷書で書かれたものについてはかなり読むことができるものもあったように記憶しているので、これは慣れもあることだろう。読み方のコツがまったくわからないのと思える。
こちらの得はいかほどかはわからない。不利益はなかろうが。


と、なんでまたこんなことを書いたかというと一番上のとおりなのだが、
世の中では艦これなるものが流行り(城これも出た)、どうもそっち系の情報が結構出回っていることも一つきっかけかも知れぬ。現代日本で軍隊が出現するものというと、どうしても大戦中かそれ以前となるわけで、重いテーマとなりがちであるところ、艦これだのアルペジオだのストパンだのガルパンだの謎多きものが突如多数現れており注目度があがったように感じる。
なんでそれ? というところだが、稀に描写にこだわる人がいて、あの敬礼の描写は変であるとか言われるようなのだ。描写にこだわるのはマニアもさることながら、現在でもみっちりと仕込まれている隊の方々であろう。陸上自衛官の方の声が多いように感じるがこれは当方の注目点がたまたまそうなのであろう。もちろん、自衛官以外に海上保安官も当然だし、警察や消防もそうであろう。

確かに敬礼のことはほぼあずかり知らぬことであった。

挙手注目の敬礼というやつばかり注目される中、実はあれは敬礼のごく一部であることを知ると、日本における敬礼というのはやっぱりお辞儀なのだと得心したところである。

という状態でこれを書いてる。うん。


たまたま「徴兵制がなくなり、敬礼について知るものが減少」ということを書いてあるところにたどり着いたわけだが、「その理屈でいいの?」とも思ったが「一理はある」とも思ったからだ。

敬礼についての規定を読むと、上官、目上の方に対する敬意を表すものであると同時に(こっちは身分が厳格な部隊であるからこそ)、同じ身分の者は互いに敬意を表すということと読める。目上の者も返礼することになっていて、これはやはり、集団行動をする上での重要な事項であろうと思うのだった。

今でも幼稚園でも小学校でも挨拶を熱心に教えるところがあるわけだが、それのうちなんだと。
それを規則としてしっかり形式を決めてやっているんだなと。
軍式ばかりが敬礼ではないわけで、というか敬礼ってお辞儀なわけだから、挨拶の延長のお辞儀について、どっかの一こまでちょろっと伝えるという程度でなく、もっとしっかりと教えていっていいんじゃないかと思った。

知識として教えられたことはあったけれども、日常でそれを叩き込まれたことは義務教育中なかったと思ったので、これこういうエントリーとなった次第。
軍式敬礼を知らんのが嘆かわしいってこっちゃなくて、挨拶をしっかりできるようになりましょうということですな。

正月にでも出かけようって時に、親に対して親戚でも尋ねてきていて、その後ろを通り過ぎる際にでもしっかり挨拶できたらお互いにこんな気持ち良いことはなかろうと思います故。
自分も練習しなきゃあ。

2014/12/18 Note Comment(0)

無人島に生きる十六人を読みました。

『無人島に生きる十六人』 須川邦彦:新潮文庫を読みました。
Amazonをはいかいしていたらたまたま見つけて、よくわからないまま購入し読了です。
青空文庫にもありますし、Kindleでも青空文庫版で無料ですが新潮社の文庫を購入。
あとから色々みたら椎名誠さんご推薦で新潮社で復活ということだったようで。戦前、戦後あたりに講談社から出たものがもとらしい。

元をたどれば、これが明治の頃の実話ということでそれがむしろ驚きであるのです。
どこかのレビューで『ナショナリズムが満載なのが少々鼻に付』くとの記載がありましたし、読んでいるとどうにも良いことばっかり書いているのがそれはそれで作り話なんじゃねーのか? とも思わせるようですが事実らしいということ。
しかし、ちっせぇ島ともいえないようなところでよく過ごせたと思うほか無い。

と、ここまでは方々で言われているので良かろうと思う。
ところが、この実話にはもっと古い書籍で語られているものがあるのを知った。
それが竜睡丸漂流記である。こいつは現在は書籍で手に入らないだろう……と思っていたら、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーにあった。いい仕事をするものである。
こいつが明治36年発行なもので、同じ龍睡丸の話を書いている。
ところが、時代が時代なもんで、序文というか先頭の見開きのコメントなどは毛筆でかつ達筆かつ戦後教育しか受けていないヤワな私には読めない。
ま、活字は読めるわけでそれでいいわと思ったら、それはもちろん文語体であるし、旧字体な漢字もある。ついでに変体仮名もあるときた(し、の、ネなどは変体仮名のようです)。
またまた、地名やなにかも若干違う記述ですが(オコツク海等)それはまあさほどの問題にはなりませぬ。若干字がつぶれて読めない部分もあろうとも大勢には影響なく。
つまり、頭をひねりながらも活字はなんとか読めるってことです。平安の頃の文体よりはずーっと現代に近いでしょうから問題になるような差は少ないですしな。

んで、読むとやっぱりほとんど同じことが書かれている。
しかしこっちのほうがより実質っぽいというか実際っぽいというか事実っぽい。誇張が少ないからなのかもしれない。記述している人の立場が違うからかもしれない。
時系列の描写がずいぶん違うのでそれはどっちが真実に近いかはわかりません。
たとえば島ぶどうのくだりや井戸のくだり、土を盛るまでなどはどういう時系列なのかは全くの不明なのです。
一番の違いは人数ですな。龍睡丸漂流記は17人ということになっていて、全員の名前が冒頭にでてきます。
名前が違うってのは色々と配慮、あるいは口伝でごにょりされたんだと思うのでそれはまあいいんだけど、人数が違うってのはちょっと不思議ですな。どういう配慮なんだろうか。
※どうも小笠原の帰化人の方が一人食い違っているかもしれない。よくわからん。
ちなみに、漂流記では帰化人は英語名です。ウィリアムが小笠原老人というのは16人側で対応づくかなあ。たぶん。

描写の違いはずいぶんある。
十六人は個々の会話がかなり重視されているといえようか。
塩を作るくだりでも会話の後で実行
漂流記では淡々と記載するのみである。

しかし、どっちにしろ(脚色などがどうなっていようが)同じことを言っているので補間しあって読むといっそうよかろうと思いました。

龍睡丸漂流記がせめて現代仮名漢字になってくれればずっと読みやすいと思うのですが。
でないよなあ。これは。

2014/12/13 Note Comment(0)

プリンタが壊れ果て次のプリンタを探すの巻

2013年4月、今から一年半前にプリンタ! プリンタ!と騒いでいましたが、とうとう本気でプリンタと騒がねばならなくなりました。
今までがんばってくれたCanon PIXUS MP520がお亡くなりになったのです。

当時とあまり条件は変わっていません。我ながら進歩がありませんね。
・LAN(有線であってほしい)
・独立インクタンク
・顔料系インク(できれば)
・プリンタ+スキャナの複合機(コピーで使うことが多い)
※当時と違って、無線LANのアクセスポイントを運用することも視野に入れてます。が、無くていいなら無い方が嬉しい。混線、電波障害の懸念は少ないのですが隣にHUB置いてあるのにわざわざ無線LAN経由する意義がわかりかねますし、プリンタを家中もちあるくことはないのです。安定、高速(じゃなくなりつつありますが)、邪魔しない、確実、簡単な有線LANを使わせてくださいと思いますよ。

当時よりEPSONもCanonも探しやすくなっています(というかラインアップが整理されたのか混沌としていない)。
EPSON PX-504Aがまだあればそれでよかったんですが、型落ちになってしまいました。PX-535FPX-M650Aか? とも思いましたが、ADFが邪魔かなと。ADFは便利は便利なんですが実質使うことがほぼない使い方ですし、上面がフラットなほうが嬉しいところ。
サイズ的にもできればフロント給紙だとありがたかったのですが、535Fは背面。
M640Aはフロント給紙ですが、M640Fと筐体が共通なのか、省略されたFAX機能がむしろ逆に邪魔。

CanonはPIXUS MX923のままですね。

ということで、悩んでしまいましたが、有線LANをあきらめ無線LANで妥協し、PX-047Aに甘んじる手もあります(これが有線LAN搭載だったらこんなに悩んでない)。
背面給紙ですが、コンパクトなのでまあいいかなーと。
6色タイプなら有線LANがあるのですが、それだけのために倍の値段と6色インクはためらいどころの話じゃありません。

なお、HPであればHP Officejet Pro 6830があるわけですが、これだったらEPSONのPX-M650Aのがお安いですからね。

急ぎではないのでPX-M650AかPX-047Aで数日考えてみます。

有線LANについては適当に投書しておくことにします。

11/9
結局PX-047Aで妥協。無線なのがちょいと気に入らないのは相変わらずだけれど。
いままでのMP520には液晶ディスプレイがついていて、本体からの操作がいくばくかできたものでそちらも少し物足りない。
無線LANの設定はやっぱり面倒くさい。
個人的には印字品質には満足。こんなもんでしょ。
背面給紙、前面排紙はやっぱりちょっと使いにくい。普通紙ぐらいは前面給紙、前面排紙したいもの。写真用紙とかの厚紙は仕方ないが。
ソフト類もまあこんなもん? 細かい設定ができないけどごちゃごちゃ設定するのも大変であろう。

12/13
コピー、印刷の初動が遅いとき(ノズル掃除と思われる)があるけど、それはまあそんなもんでしょ。
実は全色顔料インクらしいのはうれしい。でも普通紙に写真は無謀でしょうな。
エプソンのE-Photoは簡単に写真印刷できるんじゃな。写真印刷しまくる人には便利そう。
EPSON 写真用紙クリスピア<高光沢>を使ってみたけど、これは結構きれいね。印画紙の写真とはやっぱり別物だけど十分ではないかと思う。プリンタの進化もすすんだねぇ。
スキャナはまだ全然使ってないのでわかりません。

2014/10/25 Note Comment(0)

iPhone6の話題に少しだけ乗っかってみる

世間はどうもiPhone 6が発表されて浮かれているようなので、気持ちを少しだけ。
Apple Watchの話題が少ないのはまあ、正体不明感があるからしゃーないのでしょう。

それ以外のラインナップは話題すらなかったのか、メディア記事を見てもわからんです。

正常進化ってことで。目新しいのはNFC? Felica端末だらけの状態が長い日本はもちろん、世界でも目新しいものではないのではなかろうか?
ただ、ディスプレイのサイズは異常進化だと思う。5のノッポでも片手操作が辛くなった層が多いはずなのに、6では手の大きな男性でももしかすると辛いかと。Plusは絶対無理。それと、自分の胸ポケットには幅が余って入らないものがあります。
Plusのサイズがあるのはいいけど、通常サイズが4.7インチってのはやりすぎだと思います。ニッチ埋めしてでかいサイズがどんどん増えたわけですが、片手で手軽に使えないのはもはや携帯電話というジャンルから足を踏み外していると思います。日本人女性の手には余るんじゃないでしょうか(といってもあれば使うというのは従来型携帯のヒラメ化でもわかっているのですが)。

ファブレットサイズは世間ではニッチな層だと思います。ただ、メディア関係の露出が多い人は逆に飛びつきそうなサイズ。さらに飛びつく人もいるでしょう。
でもでも、片手が鞄かなにかでふさがっているときには電話操作が辛いと思います。タブレットのような使い方もという人には向くでしょうね。映像には迫力がないでしょうが、画像コンテンツやら地図やらには向くと思いますしウェブ閲覧のようなもんにも向くでしょう。電話には向かないのと片手操作が辛いというだけです。

小さいサイズがなくなるのは残念なのですが、当方としては次はスマートフォンいらねーやと思っている真っ最中なので、今回のことは関係なしにそわそわしてはいます。

全般に事前のリーク情報どおりではありますね。解像度が変わったのが面倒くさそうですが。

LTE、TD-LTE対応だとか150Mbpだとか、キャリアアグリゲーションは順当。VoLTEはまあこれも順当かな?
WiFi Callingは日本ではどうなんでしょうね? 海外に行く勢にはよだれものかもしれませんが(キャリア対応的な意味では)、今は割りと別の音声通話方法も豊富にあるわけで、対応しないんじゃないかと。

Apple Watchも事前情報から逸脱したところはなさそう。こっちはこれからでしょうね。

世間の印象はともかく、個人的にはiPhoneの全面フルタッチがでてきたときのような「けっ」というような尖がった印象の発表はなかったかなーと。iPhoneの進化にも興味が無かったんで、iPhone進化でニュースが驚きだけで「フーン」がなかったのかはわからんのですが、おそらく「フーン」のほうがもともとおおかったのでは? 私の印象ではRetina化の次の重大進化ってなんでしたっけ? というレベルなのです。

iPod nanoとかはよく話題にあがりますね。コインケースうんちゃらって。
iPadも個人的にはそんなに驚きませんでした。つかえねぇと思ってはいましたが。実際つかうと結構使えることはわかりました。
全面フルタッチの電話は当初思ったとおり、そんなに使いやすいとも思いませんし、画面の汚れは確実に気になります。画面上のタップ操作は矢印キーでカーソル移動させてってのよか、絶対にいいんですけど、スクロールのような操作は画面タッチよりハードキーのがいいですね(ホイールのようなものだともっといい)。
文字入力もソフトキーはいまだに誤操作します。誤操作というか誤認識が多いんですが。これはでかいiPadのフルキーでもiPhoneのような小さなやつでフリックでも一緒なんで、いろいろ限界はあるかなと思っているところ。

そんなのはさておき、イノベーションうんたら的なことを言えば、今回だっていつもと驚くほど違うってイメージはないですね。
事前リークが多すぎるってのが一番の問題じゃないかなあ。

ただ、一方でブレイクスルーが無いと感じるのも事実。個人的ブレイクスルーは全面フルタッチとRetinaですがSiriという人もいるかな? カメラの進化とかは日本ではフーンでしたもんねぇ(最近はきれいになりましたが元々は国内流通の携帯からしたらやたら低画質だったんで)。

ま、にわかなんで、このぐらいにしておきます。

2014/09/11 Note Comment(0)

最近のキャンプ事情を個人視点で

20年ぐらい前には既にオートキャンプはあったと思いますが、ファミリーキャンプというのか家族やら友人やらと車でキャンプ場に乗り付けてやるやつ。
河原でバーベキューというやつの延長で泊まりもやるよって感じでしょうか。
テントにする意味はそれなりにあるんでしょう。それも楽しいでしょうしね。

バーベキュー(という名の野外焼肉)もそのぐらいにはとっくにあったと思います。
こっちはといえば道具はそのぐらいからあんまり変わっていない気がします。。。進歩してはいるんでしょうが、やることが限られていますからね。バーベキューコンロなるもので肉を焼いたり、鉄板で焼きそばやったりするぐらいで。
個人見解ではコンロまわりより、椅子やら食器やらが変化したように思います。椅子やテーブルは進歩してしっかりしたつくりに(一過性のものでなく、続けられるということなのでしょうか)、食器も紙コップ、紙皿からプラな感じが多くなったような・・・? ここは状況次第なんでしょうが。

※当方環境では、7月~8月ぐらいはどちらからというとバーベキューのチラシが、9月~10月はキャンプ的なチラシが多い気がします。5月~6月は半々かな?
※ところがどっこい、芋煮会のある(最近は減った)地域なもんなので、9月~11月ぐらいはどっちかってーと、芋煮会的なことを視野に入れねばならず、でも最近は減ってるし……とおそらく面倒くさい地域です。

一方のキャンプは進歩、進化、変化してますねぇ。
テントもキャンパス地の黄色い五角形タイプはほぼ絶滅。水をはじくいい生地のドームタイプの安いやつがいっぱいでてます。設営も楽チンで軽い。
20年前だったらまあ既にドームテントあったかとは思いますけどね。黄色いヤツも一回、ドームも一回寝たことがあります。

ドーム以外にもワンポールとかいろいろあるようですがよくわからんのでパス。。

飯盒炊爨の記憶は無いのですが、飯盒というかクッカーもたくさんあるようで。本当に選り取り見取りです。こっちは一般人がなかなか知らなかった可能性もありますが、飯盒となべのようなもんから、専用のスタッキング構造の道具セットがあちこちからでていまして、素材もステンレスやらアルミやらと選べます。ファミリー向けだとステンレスが多いかな? 頑丈ですし、重いのもそんなに気にしないオートキャンプが主流ですしね。一方でソラマメな飯盒は忘れられないけど減ったように感じますねぇ。ゴハンクッカーなんちゅう、まあ要するに鍋ですが、いい感じの鍋もあったりしますし、丸型のハンゴーなどというものもあります。行軍するわけでもないのですからソラマメ飯盒はたしかにそんなに意味は無いですよね。
また、ここ2~3年? 1~2年? のことだと思いますが、ダッチオーブンがやたら流行っているようで、キャンプ用具売りの各社もダッチオーブンとそれら周辺具、レシピなんぞをどんどこ流しています。キャンプだけじゃなくて、バーベキューでも(時間がかかりすぎないやつは)できますからね。
炭をがんがんに焚くというのは最近の日本の都市生活ではなかなかできないもの。たしかにやってみるのもいいのではないかと思います。

お一人様のキャンプ、ソロキャンプも増えた気がします。山岳キャンプのような本気ものじゃなくて、オートキャンプを一人でやるようなもの。ラーメンツーリングなるものもあるようで。
山用のクッカーやストーブがどうもツーリングキャンプに適しているようで、少人数用装備も本当に豊富ですね。
とはいっても、いくら車よりバイクの積載が少ないとはいえ、重さは多少我慢できるわけですから山岳よりも豪華で重装備にはなるようですね。

個を重視する世の中になったということでしょう。少子化と密接な関係があるように思います。

それと、焚き火台というもの。これが必要な世の中になりましたねぇ。
直火は禁止のところが多いそうで。

2014/08/17 Note Comment(0)

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